本誌 編集長/西田 浩史 データ分析/ 井上 孟
開成、麻布、筑駒(武蔵)」「桜蔭、女子学院、雙葉」―。
これらは男女の御三家校であり、圧倒的なブランド校だ。
中学受験の世界において、これらの学校名が特別な響きを持つことに異論はないだろう。今なお、強い影響力を誇っている。
ただし、競争が激化する中学受験の世界においても、「偏差値」という単一の物差しが、志望校選択の絶対的な基準であり続けているのかといえば、状況は変わりつつある。実態はどうなのか、今回は調査による具体的なデータに基づき検証していきたい。
まず、なんといっても受験で代表的なキーワードとして「偏差値」を思い浮かべる人が多いだろう。
かつてはこれによって、合格可能性や進学実績、さらには学校のブランド力までもが一体的に評価され、それが受験生や保護者にとって最も分かりやすく、また最も安心できる判断材料となっていた。
しかし、本誌が独自に調査した首都圏77塾(201人)の塾関係者への大規模調査では、そうした前提が徐々に、そして確実に揺らぎ始めていることが判明した。
「偏差値」による「単独評価」の終焉
さっそく前図を見てほしい。これが示しているのは、単なる「人気校ランキング」ではない。
これを見れば、塾関係者や受験生が、どのような視点で具体的に志望校を選んでいるのか一目瞭然である。
いわゆる、中学受験という意思決定の現場において、「教える側」と「選ぶ側」が何を重要だと考えているのかを示している。
さらに、今まで分かりにくかった学校選びの最新動向や「視点」が見えてくるはずだ。これに大手塾が毎年発表する偏差値をはじめ、さまざまな指標を組み合わせれば、独自の学校選びにつながるだろう。
ここで図の見方を説明したい。縦軸は「学習塾が進路指導で重視するキーワード」、横軸は「受験生が志望校決定時に重視するキーワード」を表している。現時点では、塾と受験生は共に、右上に近いものほど重要度が高くなることが分かる。
さて、内容を細かく見ていこう。まず注目すべきは、右上に集まるキーワード群だろう。
ここは、受験生・保護者が重視し、かつ塾側も進路指導で重視している領域であり、いわば学校選びにおける”最重要な価値観(キーワード)”が集まっているといえよう。
具体的には、おなじみの「東大合格実績」「自分に合う学校か」「ブランド校」「御三家」「早慶GMARCH合格実績」といったキーワードが並ぶ。中学受験において学力水準が重要であることは今も変わらないといえそうだ。
なお、中学受験組の多くは、旧帝大(東大・京大を除く)よりも早慶の合格実績を気にしている点は面白い。さらに、「何か力をつけてくれるか」という観点も急伸している。
いわゆる、単に偏差値が高いだけの「名門校」「ブランド校」は将来的に不人気になる可能性がありそうだ。
その象徴が、学力以外のキーワードの伸びだろう。例えば、「自分に(校風が)合う」「先生が優しい」「都会にある」といったキーワードが右上に向かって急上昇している点だ。
これらは数値化が難しく、かつては〝感覚的〟〝曖昧〟とされがちだった要素である。しかし現在では、むしろ志望校決定の中核に据えられつつあるといえるだろう。
これにはさまざまな理由があるが、塾関係者によれば、将来、公立高校やトップ私立に再受験したり、あるいは海外の学校への進路変更も視野に入れていたりする家庭が増えたことも大きいという。
よって、「受験に成功した=自分の人生は大成功」と考える層が減り、合格校をあくまで「踏み台」としか考えていないのかもしれない、といった意見も多かった。
いずれにせよ、受験生本人の性格や学び方、家庭の価値観と学校文化との相性が、合否以上に重視される局面が増えているといえよう。
それらの多くは「ブランド」や「結果」の単なる一要素として再編成されつつある。つまり、偏差値は単独で価値を持つのではなく、「その学校で6年間を過ごす意味」を説明する材料の一つに位置づけられ始めているのだ。
次に重要なのが、右下の領域である。これは、受験生が受験校決定の際に重視している価値観でである。
ここを見ると、「駅から近い」「東京、横浜にある」「校舎がきれい」といった、立地や見た目に関するキーワードが大きく伸びている。この数値の伸びを見ると、ここ5年以内に右上の最重要キーワードの領域に入る確率も高そうだ。
面白いのは、「自慢できる」というキーワードが大幅に下落していること。「ブランド校に合格して周りによく思われたい」という意識は今なお多数派だろうが、それ以上に、「自分が満足、納得できればよい」と考える層も確実に増えていることがうかがえる。
次に、左上の領域は、塾関係者が進路指導の際に重視するキーワードだ。受験生の直接的な志望校決定には至らないものだが、「理系に強い」「面倒見が良い」といった項目は、将来的に志望校選択に影響を及ぼしそうだ。
これら図で示された価値観の変化は、親自身が学歴競争の勝者であった場合でも、その成功体験がそのまま子どもに適用できなくなっていることを意味している。
多くの親がそう感じているからこそ、「同じ道を歩ませる」のではなく、「その子に合った道を選ぶ」方向へと、志望校選択の軸が移動しているのではないか、多くの塾関係者はそう分析している。
「中学のゴール」の価値観が大変化
さて、もう一つ大きな変化としてあげられるのは、進路の「多様化」が志望校選びの前提を根底から覆しつつある点だ。
とりわけ図中で注目してほしいのが、点線で囲まれた「10年後に重視されるであろうキーワード群」である。
これらは年を追うごとに右上方向へ移動している。これは、大学受験のゴールが国内の特定大学に限定されなくなっていることを示唆している。
中高一貫校はもはや”単なる大学受験のための通過点”ではなく、”進路を広げるための環境”として評価され始めているといえよう。
とりわけ、「探究・ICT」「国際性・海外大学」といった言葉が含まれているのは、大学入試において総合型選抜・学校推薦型選抜(以下、推薦入試)がメジャーになりつつあることとも無関係ではないだろう。
その証拠に「一般選抜か推薦入試か迷う」という項目も、塾側の進路指導で重視度が急伸している。
海外大学については、国内大学の推薦入試に出題傾向が近いという側面もある。
将来的に国内大との併願を考える保護者が多くなっており、塾現場でもその動きを意識し始めていることがうかがえる。その結果、「海外大学に詳しい教師がいるか」「海外大学の合格実績」といった項目が伸びているのは興味深い。
もう一つ面白いのが、トップ高校への進学を目指し、高校入試にチャレンジする中学受験生が増えていること。
今後は、必要とあらば環境を変えることも厭わない家庭が増加するかもしれない。そうなれば、大学入試で、一度国内大学に進学した後、海外大学に編入したり、海外大学院に進学したりと、自分が望む環境に短期間で移る”遊牧民”のようなスタイルを選ぶ層が増えていく可能性もある。
いずれにせよ、これらデータは中学受験が、単なる国内進学競争ではなく、より長期的な人生設計の入口として捉え方が変化しつつあることを意味している。
また、理系志向の高まりも顕著だ。「理系に強い」「研究設備が充実」「探究活動が盛ん」といった要素は、かつては一部の専門校や先進校の特徴だった。しかし現在では、これら要素は、進学校全体が競うように打ち出す価値になっている。
その背景には、AIやデータサイエンス、医療、環境分野などで、将来の職業像が具体的に描かれつつあることが、学校選びにも表れているという社会状況がある。
さらに、「共学校」といったキーワードが安定して評価されている点も見逃せない。これは、男女別学か共学かという単純な二項対立ではなく、「多様な価値観の中で成長できる環境」を求める意識の表れだ。
中学受験は、もはや単に学力を鍛える場選びではない。人格形成の場選びでもある。
そして、この図版が本当に示しているのは、学校選びの〝正解〟ではない。むしろ、「正解が一つではなくなった」という事実そのものだ。
塾はもはや、偏差値表を示すだけの存在ではいられない。受験生一人一人の将来像を言語化し、その子にとって意味のある学校を一緒に探す役割が求められている。
中学受験は、次のフェーズに入った。

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