日本体育大学は、2012年以降4回、北朝鮮の朝鮮体育大学との「文化スポーツ交流事業」を行っている。実施背景は日体大が、東京都小平市の朝鮮大学校と交流協定の締結をしたのがきっかけだ。
21年に開催された東京五輪では、北朝鮮の不参加表明によって実際には実行されなかったものの、もし参加していれば日体大は、練習場所として北朝鮮選手団を受け入れる予定であった。
なお、日本と北朝鮮は現在、正式な国交が無いのは承知の通りだ。そして拉致問題をはじめ、核やミサイル問題など、二国間でさまざまな懸案を抱えている。外務省海外安全ホームページにおいても、国民に対し北朝鮮への渡航を自粛するよう呼びかけが行われている(25年11月現在)。
そもそも日体大側は、訪問団を結成し、北朝鮮と直接交流を行うことに否定的な声が上がるのは当然予想していなかったのか。ここまで大々的に行う意味がどこにあるのか、日体大内部の人間に北朝鮮と何らかの利権が絡むやり取りが行われていたのではないか、といった疑問視する声も上がったほどだ。因みに、日朝関係に詳しい政界筋に取材した情報に基づくと、元プロレスラーの力道山、アントニオ猪木両名が培った日朝間のスポーツ交流を、松浪健四郎日体大理事長が純粋に継承しているという認識に筆者は立っている。
スポーツ外交で開拓した松前氏
過去を振り返ると米ソ冷戦下においても、ソ連(現ロシア)との交流を民間外交として頻繁に行っていた大学がある。それは、東海大学である。
1956年に「日ソ共同宣言」が調印され、日ソ間の国交が回復した。だが当時、未だ解決されない北方領土問題のみならず、オホーツク海上におけるソ連の日本漁船拿捕、船員の抑留が相次ぎ日ソ間は、緊張状態が続いていた。そのような中、東海大の創立者である松前重義氏は、「小さなパイプでいいからソ連との間に息抜きをつくっておかなくてはいけない」「グローバルな視点からソ連、東欧諸国との交流を促進することが、東西の冷戦を緩和し、世界の平和に貢献する道である」との考えに立っていた(東海大学学園史資料センター、デジタル学園史展示室より引用)。
前述の松前氏は、日ソ間の政治的課題にこだわらない学術交流に特化した日ソ民間交流団体として、66年「日本対外文化協会」の設立に尽力したといわれている。その後東海大は、モスクワ大学と学術文化交流協定を締結し、89年には東海大校友会などが協力しモスクワ大学内に「モスクワ大学松前記念スタジアム」を建設し開設に至る。
いわゆる野球を通じ、スポーツ交流を日ソ間で推し進めたのだ。この業績により、公益財団法人野球殿堂博物館より松前氏は野球殿堂入りを果たすことになる。
一方で、ソ連側からも日本へ興味深い交流事業が実施された。特記すべき事業として「大シベリア展」、「トレチャコフ・プーシキン2大美術館展」などの美術交流である。
その後、「日ソ円卓会議」が東京で開催され、民間外交として指導的役割を果たした。この「日ソ円卓会議」は東京とモスクワで交互に行われ、学術文化交流分野で二国間の信頼を高める大きな成果をあげた。
よって、国家間との公的な国交、交流が困難な状況下においては、政治を切り離し大学間による「スポーツ文化交流事業の民間外交」が非常に有益である。というのも万が一、政府間交渉が頓挫しても民間外交ルートのパイプは「予防線」として保持することにつながるからだ。
現在、ロシアのウクライナ侵攻により、日露間の国交が事実上、閉ざされた状況にある。今後、日露間の関係修復を見据えたパイプの一つとして、長年東海大が培った二国間の民間外交ルートのパイプが、生かされる時が必ず来ると思われる。
外交とは、外務省の外交官だけが行うものではない。学校法人や民間人である教育者でも行えることを、東海大の先例が証明しているといえるだろう。
もし、筆者が東海大に対しアドバイスするならば、東海大は現在、ロシアとの交流実績がある長所が日頃の大学運営に生かされているとは言い難い。ロシア事情やロシア語が学べる専門学科や、シンクタンクも創立以来、存在しない。しかもロシアと隣接している北海道には、札幌キャンパス(国際文化学部、生物学部)が運営されているのに残念である。日露間は、シベリア産木材の輸入、水産業、天然ガス事業など貿易分野での交流は両者ともになくてはならない存在。当然、日露間に寄与する人材の需要は潜在的に安定してある。もう一度、創立者である松前重義氏の理念に立ち返り国際文化学部、もしくは文化社会学部の改編などを行い、ロシアについて学べる専門学科やシンクタンクの開設が望まれる。
先に述べた通り、さまざまな懸案を抱えた日朝間にも当てはまる。
今日、政府間の日朝交渉は進展が見られず、拉致被害者や待ちわびる家族も高齢化が進む状況にある。また大学業界に関わる事案として、60年代の大学紛争が先鋭化し事件につながった、「よど号ハイジャック事件」を思い浮かべる人もいるだろう。当時大学生だった犯人らは、北朝鮮国内に亡命した状況にあり、今日まで未解決事件となっている。本事件は犯人らの先鋭化を許してしまった、当時の大学業界にも責任があることは明白である。大学業界も事件解決に向け北朝鮮に対し、犯人引き渡しを強く求めるべきと筆者は思う。
また26年9月、愛知県と名古屋市が共催するアジア競技大会に、北朝鮮が参加の意向を示している。米中の貿易摩擦が激化する中で、米中間の動きを分析するには第三国である、ロシアとともに北朝鮮の動向もより重要になるだろう。たとえ国交が無くとも、日本独自の情報(インテリジェンス)を得る複数のルートを持つことが、より情報の精度を高め相手の真相に迫れることになろうといえる。今度こそ、北朝鮮選手団の受け入れ先としての役割を、日体大が果たす時が来たと思う。
そもそも日体大は、在学生、OB、 OGを含め、オリンピックなどの国際大会に日本代表選手を輩出するなど、スポーツ界における世界最高水準のエリート高等教育機関だ。この特化した立場を生かし、外交官や政治家と同等に肩を並べ国益に寄与することさえも可能な人材を有している。ぜひとも、学内にスポーツ外交に特化したシンクタンクを設けることを筆者は日体大関係者に推したい。国際大会に出場するだけでなく、スポーツを通じた世界各国の政財界要人との人脈作りを積極的に支援する体制を整えることで、唯一無二の日体大ブランドが世界的に高まるであろう。
公的な外交とは一線を画す、文化スポーツ交流事業を通じた、両大学の民間外交事業に今後さらなる期待をしたい。
