「塾大連携」とは、学習塾や予備校などの民間教育機関と大学・短大などの高等教育機関が組織的に連携することだ。いわゆる、教育資源・ノウハウ・資金を持ち寄り、高等教育の質と持続性を高める取り組みを指す。
筆者は、高宮学園(以下、代ゼミ)は学校法人で塾ではないものの、塾業界における学校との連携のヒントになると着目した。それが40年前、すでに北海道の地方都市で実現していたのには驚きだった。
さて、國學院大學北海道短期大学部(以下、國短)が所在する北海道滝川市は、札幌と旭川の中間、空知地方に位置する地方都市である。開学以前、同市では高等教育機関への女子進学率が特に低いことに悩まされ、女子短大の設置が長年の悲願であった。
それを見かねた、当時の吉岡清栄滝川市長が行動を起こす。そして同市出身でもある、代ゼミ理事長だった高宮行男氏(当時)に短大誘致の協力を要請したのだ。高宮氏は國學院大學神道学部卒業後、1959年に代ゼミを開校した実業家だ。1970年代には、同大理事も兼務する。まさに地元北海道では、産学の橋渡し役の象徴だったと考えられる。
一方で、滝川市側は「國學院大學誘致期成会」の設立に動く。ここで、高宮氏をロビイストに精力的な誘致活動を展開した。その熱意が功を奏し、79年1月の國學院大學理事会に「北海道滝川市からの申し入れの件」が上程された。
記念すべき理事会では、高宮氏は「女子短期大学として国文科・英文科・初等教育科の3科、定員300名程度を希望する」と発言。その文言が「國學院大學百二十年小史」に明記されるほど、当時の高宮氏の学内での発言力は増していた。
代ゼミが下した”前代未聞”の決断
学内調査委員会を経て設置が承認されたものの、旧文部省の学校設置抑制方針が高い壁となった。
それに追い詰められた滝川市側と高宮氏は、ロビー活動をさらに強化。札幌グランドホテルで設立準備総会を開催し、当時の堂垣内尚弘道知事や中川利若道教育委員会教育長も出席するなど、道内の政財官界を巻き込んだ機運醸成に尽力した。
結果、短大設立事業は同年10月の理事会で承認される。その席上、驚くべき条件が提示された。「校舎の建設・施設整備費、設置後5年間の経営資金の不足を高宮学園が補填する」——「國學院大學百二十年小史」にそう明記されている。
いわゆる、代ゼミ側が、短大校舎の建設費から5年間の運営赤字補填まで肩代わりする、という前代未聞の条件だった。
しかも筆者が調べた限りでは、高宮氏個人や代ゼミへの利益誘導といった見返りは一切存在しない。〝純粋な地域貢献の精神〟がそこにあった。
82年4月、「國學院大學北海道女子短期大学」として開学。その後、男女共学など変化を経て、09年に現在の「國學院大學北海道短期大学部」へ改称に至る。現在は国文学科・総合教養学科・幼児・児童教育学科の人文学系の学科を擁し、空知地方の人材育成を担っている。
残念なことに、高宮氏の死後、「塾大連携」は立ち消えとなっている。
だからこそ高宮氏の資産を生かせ
現在、國短を取り巻く経営環境は深刻だ。専修大学北海道短期大学(美唄市)は17年に閉校し、拓殖大学北海道短期大学(深川市。以下、北短)も26年度末の閉校が決定するなど苦戦している。
結局、國短は空知地方唯一の短大となった。筆者はかつて、篠塚徹・北短学長や深川市関係者らと実地調査を含めたヒアリングを行ったことがある。生き残りを賭け、懸命な努力を重ねた末の北短閉校は、極めて無念である。
なお、話を國短に戻すが、現在、滝川市はアビームコンサルティング株式会社に官学連携の調査を委託し、國短は「中期5ヵ年計画」で運営危機の回避を図ろうとしている。
しかし、平野泰樹学長が当計画の本丸の一つに掲げる「國學院大學の観光まちづくり学部への3年次編入学実現」は筆者には疑問が残る。
それは、教員・保育士育成を主眼とする國短が、4年制大学の國學院大學への「踏み台」としての國短という立ち位置を全面に押し出せば、2年間の学びの独自性を自ら否定することになる。この点で、計画の抜本的な見直しを筆者は願う。
無論、少子化が猛威を振るう今、地方の短大が単独で生き残ることは構造的に難しいのは確かだ。
だからこそ、高宮氏が40年前に体現した「塾大連携」モデルが、唯一の突破口になると筆者は訴えたい。
最後に、筆者が提案する改革の柱は「國短の高専化」だ。高校1年次から5年間の体系的な専門教育を施すことで、教員・保育士を即戦力として社会に送り出す。
他方、4年制大学への編入学サポートは代ゼミが担うのもよいだろう。國短の教員が専門教育を、代ゼミが得意とするオンライン受験指導を受け持つ”塾大連携”モデル校の復活である。
今、歴史的経緯を踏まえ、滝川市・代ゼミ・國短の三者が再び一堂に会し、國短の未来を議論すべき時が来ている。
代ゼミは、創業者・高宮行男氏の理念に立ち返り、國短と共に理想の高等教育機関づくりに再挑戦することを強く望む。
少子化という国難を前に、高宮氏が示した「塾大連携」の精神は、今こそ全国の短大・大学が学ぶべき先例だろう。
