ベネッセコーポレーション(以下、ベネッセ)が、2020年3月から展開している「AI学習サービス」が塾や学校関係者の間で話題だ(上図参照)。
本誌による全国300塾の調査によれば、老舗の「アタマプラス」、「スタディサプリ」に並びつつあり、「AI御三家」なる言葉も一部塾関係者の間で登場した。
その話題のサービスとは、「AIストライク」というアプリだ。
日本最大級のビッグデータを持つ「進研ゼミ」の通信教育のノウハウを強みに、急激に台頭しつつある。
すでに同サービスは一部の学習塾で先行導入され始めている。塾関係者の間では、今年度中には、全国47都道府県へ広がるのではともささやかれる。
さて、ここまで注目されている理由は、大きく2つだ。
まず、AI業界では珍しく、教育の老舗企業が、自社データを基にゼロからサービス開発していること。
教育現場を知り尽くした企業であるのは、塾や学校現場への導入、成果を出しやすい。さらに、リーズナブルな利用料も大きかった。
もう一つは、塾や学校が指導する上で悩みの種になっていた 「共通テスト」(英語、数学、国語[古文、漢文])の学習を基礎、標準、応用の3段階でできる仕様になっている点だ。
「進研ゼミ」や「進研模試」を手がけるベネッセは、サービスの要となる問題作成や分析は得意分野だ。もともと、過去の蓄積と社内の専門家への信用度が、塾や学校関係者の間で非常に高い(横浜市・大手塾)だろう。
使い方によっては、良質な超基礎問題からスタートし、「最短ルート」で「コスパよく」難関レベルの問題まで解く実力をつけられることが可能(大阪市・大手塾)だ。
複数の塾関係者によれば、早慶上智(早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学)や、GMARCH(学習院大学、明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)、そして、関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)や、各県の全国主要国公立大学の総合型・学校推薦型、共通テスト利用入試も合格可能なカリキュラムだという。
こうした背景から、「業界の『黒船』になるかもしれない」と話すのは東京の複数の大手塾関係者だ。スタートしたばかりの「AIストライク」だが、今後、業界で急速に拡大の可能性を秘めている。
「アタマプラス」「スタサプ」「AIストライク」が台風の目
さて、AI学習サービスは学習塾の現場のみならず、広く教育現場のシステムに急速に浸透し、今やなくてはならない存在だ。
だが一方で、まだ未成熟な部分も多い分野ともいえる。これから業界の反応を受けながら成長していくことになるだろう。
そんな業界ではあるが、すでにキーとなるプレイヤーは固定しつつある。
前述した通り、まず押さえなければならないのは、なんといっても「アタマプラス」、「スタディサプリ」の2つの定番サービスだ。
まず、これらの違いをおさらいしよう。
AI学習業界の先駆者という立ち位置の「アタマプラス」は、どちらかといえば、東京大学、京都大学、早慶など超難関大学の受験に対応可能なのが強みだ。
2017年創業のベンチャー企業ながら、駿台予備学校などとの協力や、圧倒的な技術力を武器に一気にAI学習業界のトップランナーとなった。これは、開発者らのプロフィールで一目瞭然だろう。アメリカをはじめとする海外の名門大学や大学院、それに、東京大学、京都大学、東京工業大学など国内のトップ大学で最先端の研究に携わった超エリート集団で構成されている。
近年は、学習サービスの枠を超え、立命館大学など学校の入試問題分野にも参入するなど、話題だ。
一方の「スタディサプリ」は、大手学習塾の東進などと同様、膨大な動画のラインナップが大きな強みだ。英語講師の関正生氏など有名講師の質の高い授業が受けられる。
「特にスマートフォンでの映像視聴を前提に、黒板など板書の見やすさには徹底的にこだわった」(スタディサプリ関係者)という。
ここに、学習履歴などを基にしたAI機能を追加し、アタマプラスと並ぶ2大巨頭となった。
なお、近年は、運営元のリクルートの強みを活かし、塾や学校にも幅広くサービスを拡大している。
AI学習「御三家」になった秘密は、「使いやすさ」
一部の塾関係者の間で、AI学習サービスの「御三家」という言葉が使われ始めたと前述した。
そこで、後発で情報が少ない「AIストライク」がなぜここまで注目されているのかをもっと深堀りしていきたい。
その大きな理由は、なんといっても、「進研ゼミ」が55年間蓄積しつづけた学習記録データや、その間に蓄積されたノウハウへの信頼感(福岡市・大手塾)だ。
「進研ゼミ」のノウハウがアプリに活用されており、初級から難関まで幅広い学力層に対して「個別に」「最適な」問題の出題が可能で、もっぱら「使いやすい」(前出の福岡の塾)という評判だ。
「『進研ゼミ』のノウハウの一つに、いわゆる『学習マップ』のようなものがあります」とAIストライク開発責任者の永田祐太郎氏。これは、どの順番で何を学習すれば最も効率よく学習できるか、というものだ。
「『進研ゼミ』は、通信教育です。先生がいない状況で、生徒がやる気を失わずに勉強を続けられることにこだわってきました。よって、弊社は、効率的に学習してもらうために何十年も試行錯誤を重ねているわけです。その点において、弊社のノウハウは日本最高水準といえるでしょう」(前述の永田氏)
実は、AI学習サービスは大小含め多数あるが、こうした学習サービスのノウハウを持つ企業がゼロから開発したケースは稀だ。
最も重視したのは、「学習継続」のしかけ
「AI学習サービス」で各社のノウハウが顕著にあらわれるのが、「遡り学習」へのアプローチ(大阪市・大手塾)だろう。
例えば、ある高校3年生の誤答をAIが分析し、高校1年の単元が理解できていないと判明した場合、高1レベルの演習問題を出題する、というような一連の流れである。
こうした流れを徹底して行えば、どんな学生でも難問を解ける可能性は高まる。だが一方で、そうした基礎問題を延々とやらされると、生徒の心が折れ、勉強意欲が低くなるというデメリットをはらんでいる。
ここを、「AIストライク」は、「進研ゼミ」のノウハウと数々の実証実験により、遡り回数を2回までに制限しつつ、学習効果を最大化することで解決した。
だが、これで本当に基礎の穴は埋まるか気になるところだ。
この点について、永田氏によれば、「そもそもつまずくような問題を出していることに問題がある」とし、「新しく出題する問題の精度を個別に最適化したり、さらに、全問題に短尺の映像解説を付けるなどの工夫を凝らした。これにより、つまずきを未然に防ぐことで、遡り回数の最小化が実現可能になった」という逆転の発想のようだ。
ベネッセは、進研ゼミのノウハウやデータを所持する技術者と、AI開発チームが密に連携している。紙とデジタルのノウハウを自社内で融合したことがこれを可能にした秘密だ(下図)。
その他、注目の学習サービスは、AIが志望大学合格への学習プランを提案する「AI戦略コーチ」を提供開始した「スマイルゼミ」や、ドワンゴが提供する「N予備校」だろう。
ドワンゴといえば、ニコニコ動画を中心に、AI時代のフロントランナーとして君臨してきた実績がある。
「N予備校」は、5教科+プログラミングの学習に加え、「情報」対策や、学校推薦型・総合型選抜の対策など、とにかく新制度への対応が早い。この部分で前述した「AIストライク」の強力なライバル候補といえるだろう。
さらに、日本最大級の生徒数を誇る「N高校」をグループに持っているため、現場のニーズをサービスに反映させやすいのも強い。これがAI学習サービスに参入した場合、塾や学校関係者から大きな注目を集めるだろう。
関連して、プログラミングやその他の領域は、総合型や学校推薦型選抜の拡大、海外大学進学需要の増加に伴い、年々ニーズが増している。まだ将来性のあるサービスは台頭していないが、AIと融合して新しいサービスがでてくるのはそう遠い未来ではないと考える教育関係者は多い。