当初、編集長からの今回のテーマの執筆依頼は断ろうと思っていました。筆者は世間でいう「カリスマ講師」ではありません。大手予備校のSに専任講師として所属していますが、私より人気も実力もある講師がたくさんいます。
そんな環境で「自分の能力に実力があるか否か」については、常に自問自答してきたつもりです。少なくとも、高校教員7年間、予備校講師20年間で経験を積み、さまざまな講師を見てきた上でなら「実力派講師」について語れると思い、引き受けました。
今、筆者が最も危機感を抱いているのが、若い予備校講師の厳しい就労状況です。少子化で、思うように授業のコマが与えられず、経験を積む機会が少ないのです。簡単に言うと、稼げないのです。
根幹とも言える「講師」がこの状況ですから、今、教育業界には優秀な人材が集まりません。今後は、実力派講師も生まれにくい状況になるでしょう。世代交代も進み、今まで築き上げてきた実力派講師の伝統もうまく引き継ぎが行われず、消滅の危機にあります。ですから、早急に、自前で育てて、伝統を引き継ぐという認識に業界関係者の考え方を転換する必要があります。
実力派講師の評価軸は2つ
講師は授業勝負と思われがちですが、イベントで実力を発揮する講師もいます。ですから、講師の実力の見方は思ったより多様です。
では、実力派講師とは、具体的にどのような評価軸があるでしょうか。私の経験と、同僚の話を基にすると大きく2つでしょう。
まず、塾内評価。これは、集客力、アンケート結果、教材作成能力を指します。集客力は、多くの生徒が授業を受講してくれ、さらに継続してくれるということです。
たいてい、実力派講師は、授業自体に魅力があります。1回の授業で生徒を引き付けます。
もう一つは、個人的評価です。講師の学歴や、指導実績、書籍の出版実績、SNSのフォロワー数などが挙げられます。
前述した個人的評価のうち、気になる指標が、講師の学歴でしょう。しかしながら、実力派講師になるには、意外にそれほど重要視されていない気がします。そもそも東京大学の入試の問題を教えるのみなら、必ずしも東京大出身者である必要もありません。入試問題に精通していれば問題なく指導できます。
書籍の出版実績は、知名度を上げるためには重要です。出版実績は、1冊だけでなく数冊あれば、実力講師としてのブランド、信頼感は高まります。詳しくは、本誌で過去、「塾関係者のための書籍出版」についての筆者の連載があるので、そちらを見てください。
SNSは、今や欠かせないツールです。フォロワー数にこだわらず、定期的に教育に関連する内容を発信することによって講師の考えが伝わり、親近感も持たれます。
何かと講師が気にする授業アンケートですが、結果が良いことが、まさに実力派講師と言えます。遅刻はしないか、内容は正確か、文字は丁寧か、復習や質問はしやすいか、的確なアドバイスはあるのかなど、受講した生徒が総合的に判断します。
良い結果を出すには、自分の授業の売りを意識することです。この場合、「自分の授業は○○だから、絶対学力が上がる」という分かりやすい、シンプルなものが良いでしょう。
かくいう筆者も講師なりたての時は、それがありませんでした。転機は、講師1年目の2カ月が過ぎた頃。質問にきた生徒が「先生の板書ではいつも単位や図を書いてくれるから分かりやすい」と言ってくれたことがきっかけでした。以降、それを売り文句にしたところ、みるみるアンケート結果が良くなり、授業にも自信が持てるようになりました。
最後に、あまり知られていないのが、教材、模試の作成能力があります。
まず、教材とは、どの講師が使っても使いやすく作成する力が求められます。さらに、演習問題の選択や配置、教材を使ってどの時期に何をどの順番で教えるかが重要です。これら全ての流れが生徒の理解度を左右する重要な点です。
ここだけの話、模試や教材の問題を作れる講師はなかなかいません。その希少価値から、一般の講師よりは、貴重な人材として扱われます。この分野はまだまだ需要があり、業界で生き残っていく講師と言えるでしょう。