生徒は30人のほうが、35人より儲かる―。医学部予備校の経営者にそう話すと、たいてい怪訝な顔をされる。これまで数十校の医学部予備校の経営を見てきたが、この理屈を理解している経営者は少ない。
年間の学費がときに1000万円を超える医学部専門予備校。生徒1人で数百万円の増収になるので、多いほどいいと考えるのが普通だろう。
だが実態は違う。例えば、1クラス30人を講師1人で教える予備校だとする。生徒が35人になれば、少人数制が求められる医学部予備校では指導上の限界から、クラスを2つに割らざるをえない。講師料はほぼ倍になるが、増える売り上げは5人分に過ぎない。
講師の人件費は生徒数に比例するのではなく、一定の人数を超えるたびに階段状に上がる。しかも医学部予備校の講師料は一般的な予備校の1・5〜2倍。家賃も、都心の一等地なら月200万円を超える。利益が最も厚くなるのは、階段を上る直前の人数なのだ。
今の教室に何人入れて、クラスをいくつ作るか。経営はそこから逆算しなければならない。実際、定員を20人前後に絞って高い利益率を保っている予備校もある。25人に増やして2クラスにするくらいなら20人で止め、増やすなら一気に40人を狙うのだ。
この計算ができない経営者は多い。講師出身で、経営を学ばないまま社長になった人が多いからだ。大手が緻密な事業計画のもとで校舎を運営しているのとは対照的である。
料金体系も独特だ。授業は年間約40週。そのうち25週分ほどを入学時の学費で受け取り、残る15週を夏期講習と直前期講習として別途請求する。入学時は800万円台でも、年間では1500万円前後に達するケースもある。
その追加受講の「根拠」になるのが校内模試だ。私が経営者なら2カ月に1回は実施する。成績の推移を示しながら「数学の偏差値をあと10上げないと志望校は厳しい」と保護者に伝えれば、個別指導の申し込みにつながる。面倒見の良さと売り上げを両立させる仕掛けである。
近年、外部向けに大学別の予想模試を開く予備校もある。出題が的中すれば、それが次の入学者を呼び込む広告になるという、うまい仕組みだ。
保護者の側から見れば、パンフレットに載る学費は「入り口」の価格に過ぎない。総額を見積もるなら、講習の設計まで確かめてほしい。
値打ちを決めるのは講師である場合も
少子化で塾業界のM&Aが活発になり、医学部予備校も売買の対象になりつつある。医学部志願者が横ばいの中、予備校はこの十数年で乱立し、1校当たりの生徒は薄まった。買い手になれるのは業績好調な予備校に限られ、売りに出るのは経営に弱点を抱えた、生徒数30人前後の小規模校が中心になるだろう。
ただし、安く買えれば得とは限らない。医学部入試は大学ごとに出題傾向が大きく異なり、それに対応できる講師こそが最大の資産だ。講師が抜ければ、校舎と生徒を引き継いでも中身は空洞になる。カリスマ講師1人で成り立っている予備校なら、その人が辞めた時点で成り立たない。買収契約にキーパーソンの一定期間の在籍を盛り込むのはそのためだ。
本音を言えば、経営不振の予備校には根深い原因がある。買うより新たにつくったほうがいい場合も多い。
それでも一般の学習塾が医学部予備校を傘下に持つ意味はある。最大の効果はブランディングだ。医師を目指す子どもは地方にも必ずいる。「医学部に合格させる講師がいるグループ」という看板は、トップ公立高校の周辺で強い集客力を生む。
教育産業が「人に依存するビジネス」であることを、医学部予備校ほど鮮明に映す業態はない。その値段を決めるのは生徒数ではない。人と、その人を生かす経営の設計図なのである。
