当時の上智大学は、日本で国際的な教育を受けようと考えたとき、非常に魅力的な選択肢でした。
今では外国人教員や海外で博士号を取得した教員は珍しくありませんが、当時の日本の高等教育は今よりずっと閉鎖的でした。
そうした中で上智大には、海外の大学で博士号を取得した先生が多数いらっしゃいました。カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取り、後に国連難民高等弁務官も務めた緒方貞子先生をはじめ、イェール大学で博士号を取得された猪口邦子先生、ミシガン大学で学位を取り、後に慶應義塾大学教授となった添谷芳秀先生など、世界の第一線で教育や研究を経験した先生方から直接学ぶ機会がありました。
私は学歴や人脈が欲しくて大学に行ったわけではなく、きちんと勉強したかったんです。上智大は先生方が真面目に授業をしているという評判もありました。将来的に海外で学ぶことまで視野に入れると、上智大は非常に魅力的でした。
そうなんです。高校2年生ぐらいで「上智大でいいや」と思って、数学を勉強しなくなったんですよ。当時の私立大学文系は数学がなくても受けられる大学が多かったですし、上智大の外国語学部もそうでした。今にして思えば、これは大きな間違いだったと反省しています。
ただ、上智大の経済学部だけは違いました。入試科目に数学を入れ続けていましたし、数学の基礎を大切にしながら経済理論を教えていた。岩田規久男先生や八代尚宏先生など、実力派の先生方から経済学を学ぶ機会もありました。外国語学部にいながら、分野を超えて学ぶことができたんです。
英語だけではなく、社会科学のさまざまな分野を勉強しました。3、4年生の頃にはゼミを五つぐらい掛け持ちしていました。当時はそういう学び方もできたんです。
かなりつながっています。1年間、交換留学でカリフォルニア大学サンディエゴ校に行きました。当時の外国語学部は単位換算の考え方も柔軟で、現地で英語で開講されている授業であれば、幅広く単位として認めてもらえました。
それ以上に大きかったのは、海外へ行く前に、レポートの書き方、文献の調べ方、そして英語で文章を書く方法などを教えてもらえたことです。
いきなり海外へ行って、現地の大学でいい成績を取るのは簡単ではありません。その前段階となる基礎教育を丁寧に受けられた。そこは上智大を選んで良かったと今でも感じています。
そして、まさにこの留学先で、高校でやめていた数学が再び必要になりました。微積分の教科書を引っ張り出して高校の基礎からやり直し、統計学も勉強しました。
その後、イェール大の大学院に進んでからも数学の授業を取り、最終的には日本の理工系学部の大学2年生ぐらいまでの数学を一通り学び直しました。
海外での存在感が大きい上智とICU
そう思います。先生方に海外経験のある方が多く、海外で学ぶことが特別なことではありませんでした。実際、私がカリフォルニア大やイェール大にいたときも、日本から来ている学生の中には東京大学や早慶、京都大学の出身者もまんべんなくいましたが、大学全体の規模を考えると上智大やICU(国際基督教大学)出身者の存在感は際立っていた印象があります。政治学などの研究者にも上智大出身者が目立ちました。
それに上智大はイエズス会を母体としているので、世界の大学とのネットワークがあります。米国だと同会のジョージタウン大学やボストンカレッジのほか、ノートルダム大学といったトップ校とのつながりが挙げられます。世界各地の大学へ出ていく選択肢を持っていることは、現在も上智大の強みの一つでしょう。
そこは大きく変わりました。私が高校生だった頃、上智大は「日本国内で国際的な教育を受ける」という点で際立った存在でした。
今は多くの大学に海外出身の教員がいて、英語で行われる授業もあります。早稲田大学にも国際教養学部ができましたし、各大学が海外大学との連携を強めています。つまり、日本の大学全体が国際化したわけです。
情報へのアクセスもまったく違います。私が大学生だった頃、米国のニュース番組を見るために、上智大の図書館へ行って、米国から3カ月遅れで送られてくるVHSを借りていました。大学に行かなければアクセスできない情報がたくさんあったんです。
今ならYouTubeで世界中のニュースをいつでも見られる。英語で書いた文章も生成AIを使えばすぐに添削できます。外国語を学ぶ環境そのものが、誰でも手軽にアクセスできるようになりました。
変わるでしょうね。単純に「外国語を学べる」だけでは大学の価値にはなりにくくなります。だからこそ、その言語を使って何を学ぶのか、何を考えるのかが重要になると思います。
これは上智大だけの問題ではありません。技術や社会の変化によって、大学教育そのものに期待される役割が変わっている。その中で、各大学が自分たちの教育の意味を改めて考える時期に来ています。
私は、もともと上智大が持っていた「教育機能」はもっと評価されてもいいと思います。日本の大学受験では長い間、偏差値や大学名、あるいは入試科目の多い少ないで大学を選ぶ傾向がありました。でも本来は、「その大学に通う4年間で自分をどうスキルアップできるか」という視点で選ぶべきですよね。
その点で上智大は、少人数で丁寧に教育することを大切にしてきた大学です。私自身もそこで基礎を身に付け、海外へ出て、さらに必要になったことを学び直してきました。
もう一つ、意外と見落とされがちですが、上智大は四谷という東京の一等地に、文系学部と理系学部が同じキャンパスに同居しています。理系学部がこれほどの一等地にあるのは珍しく、しかも一つのキャンパスが一体となって教育活動をしているので、理系の学生が文系科目を、文系の学生が理系科目を履修しやすい環境がある。
生成AIの時代、専門分野を超えて学ぶ力はますます重要になりますから、これは私自身の経験とも重なる、上智大が今こそ生かすべき強みだと思います。
大学に入ること自体をゴールにしないことですね。高校生で学ばなかったことがあれば大学で学べばいい。大学で学ばなかったら社会に出てから学べばいい。
私自身、高校で数学をやめましたが、その後必要になって学び直しました。上智大で身に付けた基礎も、その後の海外での学びにつながっています。
大学は「どこに入るか」だけではなく、そこで何を学び、その後どう学び続けるかで考えてほしいですね。振り返れば、上智大で身に付けた「学び方」が、その後のすべての土台になりました。研究者になり、国会議員を経験し、いまは経営者として仕事をしているのも、その延長線上にあると思っています。
